2023年11月10日

大正から昭和初期にかけての三瀬の産業組合

 佐賀県の主たる産業が白と黒であるということは、かつて言われたことです。白は米、黒は石炭です。
 三瀬の場合も同じなのですが、ただし、白は米、黒は木炭と言えるでしょう。

 これらを市場で売るについては、常に生産者である農家と購入する側との緊張関係がありました。一般的には買い取る側の米販売者などの力が強く、値段は彼らの意のままで、農家は弱いものです。そこで、国は明治33年、産業組合法という現在の農協、漁協、信用組合そして生協などの基になる、相互扶助をスローガンにする組合つまり共同販売・共同購買などのための法律を作りました。
 そして、三瀬の場合も日露戦争直後の明治40年に徳久昌という先覚者によって産業組合が作られたのです。この徳久さんは、極めて優秀な人で、村長や郡会議員などをした立派な人でした。
 ところが、米の相場に手違いを生じて、それを取り戻すため、有名な新東株というものに手を出し、膨大な欠損を出してしまいました。そのため、組合員は、出資一口当たり120円とかいう損失を負担させられることになり、おまけに無限責任社員であったため、借金を返すために子供を売り飛ばすようなことまで行われてしまったそうです。こうして三瀬村では、昭和初期のいわゆる農業恐慌時代でも、産業組合、今でいう農協がなく、農家は米買い取り人の「言い値」を押し付けられていたのです。

 そんな一方、私の祖父嘉村忠吾は、明治43年、16歳の時1人で台湾に渡り、領事館や製糖会社に勤めて世間に目が開かれていました。現在、台湾最大のボランティア団体である仏教慈済基金会、例の東日本大震災の時、4月6日時点で台湾からの寄付金の3分の1がこの団体からでしたが、その会も、祖父が塩水港製糖北埔農場長時代に三瀬のお地蔵さんを意識して勧請した「地蔵尊」が元になっています。

 それはそれとして、昭和9年(1934年)、時あたかも全国的な産業組合未設置村解消運動が行われた時のこと、祖父は、佐賀県唯一の未設置村であった三瀬村にも産業組合を作ろうという運動を起こしました。もちろんそんな歴史がありますから、破産状態を現出させた産業組合などとんでもないという話しが一般で、誰もお金など預けてくれませんし、妨害工作まで起きました。しかし、祖父は台湾で得たお金を使って、トラックを自ら買い入れ、農家が米を公正な価格で売ることをし、「黒」の方の木炭は市場で競りまで行い、更には里芋の販売事業まで行って、購買事業では、酒や塩の専売権を取ったり、薬などの販売を行いました。こうして、販売と購買とがうまく回るようになって、ようやく信用事業つまりは貯金や貸付も行って欲しいということになったもので、この流れは、祖父が書いた『根に生きて。三瀬村産業組合史』(青潮社)に書かれており、佐賀新聞産業文化功労賞を受賞しています。

 身内のことながら、このことは大正末期から昭和の初めにかけての重要な歴史だと思うので、ここに記させていただきました。
さらにそれが、昭和10年代末、戦争が盛んになるとともに、産業組合が農業会、農会、という形になり、ついには大政翼賛会になって、日本の敗戦に至ったという歴史も忘れてはならない重要なことでしょう。
 いずれにせよ、こうした運動体としての活動が、大正末から昭和初期において行われたことが、その後の三瀬村の産業の発展に寄与していることは間違いないかと思います。

 三瀬小学校のそばには、これまた祖父が設立委員長として建てた忠霊塔がありますが、その前には、先に忠吾が撃剣をやったことを記した寺田清臣さんの顕彰碑(北山カントリークラブの誘致)とともに嘉村忠吾の顕彰碑が建ち、以上の経緯が記されています。昭和初期から戦後の一時期を象徴する三瀬の歴史を示したものともいえるでしょう。ちなみに上記忠霊塔の前では、のちの横綱初代若乃花らの勧進相撲も行われました。

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2023年11月10日
嘉村孝
(三瀬出身。東京で「葉隠フォーラム」という名の歴史学者参加の勉強会を主宰。毎月開催で250回を数える。)
http://hagakurebushido.jp/

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三瀬のおと(佐賀県三瀬村のコラムやエッセイ)
三瀬村・里山の恵み みつせファン https://mitsusefan.com


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Posted by みつせファン  at 21:30 │嘉村孝